「第42回日本定住難民とのつどい」の開催

投稿日: カテゴリー: solidarity

2021年12 月 5 日、アジア福祉教育財団は新宿区との共催で、新宿文化センターにおいて「第 42 回日本定住難民とのつどい」を開催しました。

昨年に引き続き行った「難民定住者との意見交換会」では、当財団とお付き合いの深い難民コミュニティの皆さま約30名をお招きし、新宿区、UNHCR、かながわ難民定住援助協会、日本国際社会事業団、国際日本語普及協会、さぽうと21、なんみんフォーラム、難民支援協会の皆さまにもご出席いただきました。また、オブザーバーとして政府関係者や国際機関、研究者の方には、別室にてモニターによる視聴をしていただきました。

日本在住ベトナム人協会による緊急食料等支援についての活動報告
PEACEによる緊急食料等支援についての活動報告

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、新たな試みとして、難民コミュニティ以外から、日本定住のモデルケースとして海外在住ネパール人協会とエベレスト・インターナショナルスクール・ジャパンの関係者にお越しいただき、在日外国人の教育システムの成功例をご紹介いただきました。

続く表彰式典では、新宿区の吉住区長、当財団の評議員である山東参議院議長、外務省の岡野総合外交政策局長、出入国在留管理庁の佐々木長官、UNHCR駐日事務所のナッケン首席副代表がご出席下さり、祝辞をいただきました。また、岸田内閣総理大臣ほかからの祝電が披露されました。

次に、表彰式が行われ、難民コミュニティで同胞支援などに尽力している難民定住者に対して表彰状が、また、日頃より難民定住者を支援してくださっている方、多くを雇用している事業所に対して感謝状と記念品が贈呈されました。

アジア福祉教育財団としては、今後とも、難民定住者の皆さまとの相互理解を深め、暮らしやすい環境を整えていく努力を続けていく所存であります。皆様のご支援をよろしくお願いいたします。 

 

【受賞者の紹介】

TRAN TRUNG TINH( トラン トルン ティン)さん

ベトナム難民であり、1986年に米国タンカーに救助され名古屋港に上陸、大村レセプションセンター、熊本県に数ヶ月滞在後、国際救援センターへ入所した。
その後、横浜食糧会社に23年勤務し、パンの仕込みやパン粉のラインによる製造において生パン粉と乾燥とを分ける担当を行っている。日本人のみの会社であるが、工場長に任命されて現在に至る。真面目な働きぶりに同僚からの信頼も厚い。また、神奈川ベトナム親善協会に所属し、ボランティアで同国人からの求職相談、交通事故、病院での通訳依頼、葬儀の手配と生活困窮者に対する寄付などの支援を行っている。

 

 

 

 

石沢 司( いしざわ つかさ)さん

母国カンボジアでは、ロンニィット(木琴)のプロ演奏者として活躍していた。
1987年に入国、大和定住促進センターを退所後は、樹脂製の建設資材などの製造と販売を手がける「タキロンシーア株式会社」に就職し、係長として機械のシステム設定などを手がけた。職場は殆どが日本人であるが、後輩の指導を行っており、周囲の人望も厚い。
また仕事と平行して、二世三世の子どもたちに踊りや楽器の指導を続けており、2021年からは、一般社団法人「カンボジアコミュニティ」の副代表として、コミュニティの集会や仏教行事の開催などにも尽力している。当財団からの食糧支援の際には、リーダーとして活躍した。

 

 

 

 

Sさん

定住支援プログラム修了後、株式会社MにおいてRHQの職場適応訓練を受けて採用された。同工場で努力を重ねた結果、正社員に登用され、念願であった「技術研究所」に配属され、将来を嘱望されている。同人は、「エンジニアリングのプロジェクトマネージャー」となって世界を駆け巡ることを望んでおり、その実現のために大いに努力をしている。

 

DAH BU(ダ ブ)さん

ミャンマー出身であり、2011年に第三国定住難民としてタイの難民キャンプより家族4人でRHQ支援センターに入所した。
センター退所後は、株式会社パナマシューズにて靴の製造を担当し、いち早く技術を身につけた。社長からの信頼も厚く、重要な仕事を任され、同社で働く同国人にも頼られている。
定住後、早くから、「日本で家を持つこと」を夢見ていたが、2019年に念願の新築住宅を購入し、家族とともに安定した生活を営んでいる。

 

 

 

 

株式会社プロスキャリア 代表取締役 三嶽 義勝(みたけ よしかつ)さん

同社では、第三国定住難民2名と条約難民1名、計3名を正社員として雇用している。RHQの職場適応訓練を開始するに当たっては、専任の指導者を設け、マンツーマンによるきめ細かい業務指導を行って、難民が円滑に仕事を覚えることができるよう手配し、周囲の日本人とのコミュニケーションにも配慮した。この訓練の終了後に雇用された難民は、順調にスキルアップしている。今後も第三国定住難民を受入れ、社宅も用意したいと述べている。 

 

 

 

 

林 郁子(はやし ゆうこ)さん

山梨ラオス友好協会の副会長として、10数年ラオス国への図書館支援及び学校建設支援に携わった。その後、自身の勤務する学校にラオス難民の子どもが入学したことから、教育のみならず生活全般の問題について相談相手となり、難民の直面する問題の解決に尽力した。例えば、困窮している難民に介護施設での就業を世話するなどの支援を行い、またその難民が病気になった際も休業補償や治療、介護等の手続きを支援するなどのきめ細かいサポートを行っている。